「クモガタガガンボは野ネズミのトンネル(巣穴)内に産卵する」という説がある。
論文などにもあるので実際そうらしい。
それならば、幼虫が成長するための必要な要因があり、野ネズミの巣穴に依存しなければならないのか?
これまでの飼育結果から、幼虫が成長できるのに適した環境は、多湿でややペースト状に分解された腐葉土。
確かに幼虫は乾燥に弱いので、多湿なトンネル内部は最適だが、これは野ネズミのトンネル内特有の環境ではない。
森林内の腐葉土層では普通に見られるであろう環境。
幼虫の餌として適した腐葉土もトンネル内のみにある物でもない。
しかし、今までの飼育方法では幼虫は10mm程までは順調に成長するが、徐々に5mm程に縮まり、不活発となり、蛹化には至らない。(幼虫は伸縮性のある体なので、体長自体が変化するわけではない)
休眠状態の可能性もあるが、数も徐々に減少していくので、何か原因があるかもしれない。
例えば、野ネズミの糞、または糞由来の菌類などを食べることで蛹化に至るとか・・・
温度変化が蛹化の要因となる可能性もある。
そこで、クモガタガガンボの蛹化要因を探るべく、いろいろと試してみた。
<試験飼育①:温度の差による実験>
疑似的に秋(低温)を再現し、温度で蛹化が促進されるのか確認。
最初に幼虫を室温(15~20℃)で4ヶ月飼育し、その後10℃以下に設定した冷蔵庫へ移動。
餌は自家製腐葉土で、定期的に植物の葉を入れ腐敗させて餌の補填をする。
幼虫は既に成長が止まり、5mm程に縮まっている不活発な個体を使用。
比較対照として約15℃を維持した環境(他は同環境)で飼育していく。
※ 温度管理が氷点下付近であるため調整が難しく、誤って冷やし過ぎると幼虫を凍死させてしまう事と、1ヶ月続けて変化が見られなかったため、温度差による蛹化促進は見られないと判断し、約15℃を維持した環境へ戻して終了。
<試験飼育②:餌の違いによる実験>
野ネズミの糞に依存しているのかの確認。
野ネズミに依存していないことを証明したいので、本心はこれで蛹化して欲しくない。
これはアカネズミの巣穴付近から採取したアカネズミ(もしくはヒメネズミ)の糞
なるべく新鮮なものを選択。小さなハネカクシなどの虫が混入していたため速やかに取り除いたが、この後、カビが発生されると厄介なので安心できない。
(変な寄生虫とかいないか、こちらの方がもっと心配なのだが・・・)
この糞を腐葉土に混ぜて使用。気温は約15℃を維持。
比較対照として腐葉土のみを餌として飼育していく。
<結果>
5月31日に一部の幼虫の体色が全体的に真っ白に変化。
翌日の6月1日、アカネズミ糞を餌にしていた幼虫と腐葉土&腐敗植物を餌にしていた幼虫が同日に蛹化。
クモガタガガンボを飼育下で蛹化させた例はわたしの知る限りない。
おそらく初の報告例となる。
アカネズミ糞を餌にしていた幼虫が蛹化
腐葉土と腐敗植物を餌にしていた幼虫が蛹化
幼虫期間は約6ヶ月。
体長は約4mm 体色は白色で複眼部分は黒色。
体は柔らかく、乾燥に弱い。光を当てると反応して動く。
<考察>
今回の飼育結果から、幼虫は「腐敗植物を含んだ腐葉土」と「アカネズミの糞」のどちらで飼育しても蛹化することが分かり、野ネズミに依存しなくてもよい事が考えられる。
これはわたしの想像通りとなった。
かと言って、野ネズミの巣内に産卵することに意味がない訳ではない。
野ネズミのトンネル内には幼虫の成長に適した環境があるが、基本は林床に産卵し、そこで腐葉土などの腐敗植物を食べて成長する。
雪で覆われた場所では野ネズミの巣が地面と直結した場所にもなるので、巣穴が見つかれば格好の産卵場所となるということだろう。
5年かけてやっと蛹化に成功できた。
今までいろいろな生き物を飼育してきたが、クモガタガガンボの蛹化は情報がない状態から始めたので難易度が高かった。
達成感と解放感に満たされる今日この頃。
これだから生物の生態解明は面白い。
あとは羽化までの期間を調べ、クモガタガガンボ生態解明は終了とする。